定年後に実行した「74日間14カ国世界一周ひとり旅」-熊野譲さん

フランスの詩人ルイ・アラゴンの詩「大学歌」の中の「教えるとは共に希望を語ること 学ぶとは真実(誠実)を胸に刻むこと」という一節に出会い教師を目指し、大学卒業後、山口県下関市内の公立中学校4校で国語教師を36年間勤めました。

公立中学校では若い教師を中心に学級担任を構成することが一般的で、私も40歳に届かぬ頃から生徒指導主任や教務主任などの仕事をさせられることが多くな りました。
多感な中学生のらせん階段を昇っていくような発達成長に寄り添いたいと教師になった初心は、教科指導や部活の野球部の監督を続けることで何とか 維持していました。しかし校内人事の関係で野球部の監督もできなくなりました。

そのころ出会った、PHP文庫の「定年上手」(森村誠一・堀田力共著)に以下のような記述がありました。

著名な検事であった堀田氏は、警察現場には昇進試験なんかまっぴらごめん、あくまでも現場で市民のためにが自分の生きる道と信じて働く刑事がたくさんいた、と言うのです。
「学校の教師にもそういう人はいます。あえて試験を受けて教頭や校長になろうとはしない。自分は子どもが好きだから、クラスを持つことにこだわり続け ている。校長などという肩書きなど気にすることなく、自分の仕事にこだわり続ける。このように仕事を自分のものにしている人もたくさんいるのです。そして こういう人こそが、後半期の自分らしい生き方を、自分の力で見つけることができるのです。」

定年を間近にして、このままで学校を去りたくないと思った私は、わがままを言わせてもらって残り2年の時点で野球部監督に復帰させてもらいました。そして 最後の年に中3の学級担任をさせてもらいました。
それぞれ10数年ぶりのカムバックでした。振り返って後悔がないと言ったら嘘になりますが、自分の能力な どからすればよくがんばった、満足しなくてはいけない36年間だったと思います。

「退職後でないとできない、人生終わるまでにやりたいこと」を実行!

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定年間際の一年がすばらしい一年であったこともあり、再任用などはまったく考えておらず、定年後に再就職というライフ・プランはありませんでした。

それより何より「退職後でないとできない、人生終わるまでにやりたいこと」が私にはいくつもあったのです。

  • 世界一周ひとり旅に出る。
  • 6年間の大学時代を過ごした京都に戻り、一年間単身生活をする。京都の年中行事、洛中洛外の春夏秋冬にどっぷり浸かる。
  • キャンピング・カーを購入する。春、桜満開の薩摩からスタートして桜前線を北海道まで追う。秋、紅葉前線の南下にあわせて列島を南下する。その間の踏破ルートにある各都道府県でゴルフを楽しむ。
  • 自費出版で出したいテーマがいくつかあるので、とりあえず5冊を目標に出版する。

どうですか、楽しそうでしょう。面白そうでしょう。4つすべて達成できたら豊かなリタイアメント生活です。
でも、現実は厳しいと思います。部分年金を受給していますが、現役時代とは比較にならない少額です。退職と同時に普通車を手放し、中古の軽に替えるなど生活のサイズダウンをしました。経済面もそうですが健康面も歳相応に体のあちこちにガタが来ています。私は独身ではないので家族生活も大事にしなくてはなりません。

しかし、第2の人生のスタートラインに立ったとき、ここを私の人生の画期としたかったのです。退職後のわが身に襲いかかるであろうさまざまな苦労に立ち向かうためにも、何かしら挑戦的なことをしたかったのです。

体力面を考慮すると、まずは世界一周ひとり旅の実行だろうとなったのです。
これまでに9カ国に足を伸ばしているのですが、どの国に行っても驚きと感動の連続でした。一期一会の出会いの連続でした。
世界のあちこちをもっと見てみたい、それもひとりでと退職数年前から思い描いていました。

そのころ知ったのが「世界一周航空券」という正規航空券の存在です。
一年間有効、合計16回搭乗可能、当時の料金で行くとワン・フライト2万円程度と料金も格安です。正規航空券ですから変更も可能です。
あれこれの使用条件はあるもの、これを使わない手はないと。自分で行程と日程、ホテルの予約、ヨーロッパ鉄道の旅の切符予約購入、イギリスでのホームステイ、英語学校入学、ゴルフプレイの計画などパソコン相手に実に楽しい計画段階でした。

実際の旅は退職した2014年の6月から始まりました。74日間14ヶ国を周り、道中、信じられないようなハプニングやトラブルの連続で、今思えばよくぞ無事に帰ってきたとしか言えません。
計画は90日間15カ国でしたが、終盤は心が折れて途中帰国となりました。しかし100%やりきった感が強いです。

現職時代の後半、体力はもちろんですが精神面でもろく細く弱くなっている自分を自覚していました。途中リタイアとはいえ、74日間も一人で14ヶ国を片言の英語で歩いたことは、「まだまだやれるぞ」と思えたのです。本当に画期となった旅でした。

旅の日記を自費出版で刊行、退職後も新しい世界に次々出会う

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この旅のあいだ、ずっとフェイスブック上に旅日記を記していました。
帰国後、ある人から「面白かったから本にしたら」と勧められたこともあり、まとめて自費出版することになりました。何か本を出したいという退職後の夢のひとつを実現です。
世界の街角で見たこと、出会った人々の生活、海外から見た日本のことなど幾人かの人に読んでもらえたらという思いでした。そんなに多くの人が経験するわけでない世界一周ひとり旅を紙上で体験してもらえたらうれしいなという思いも。
しかし、出版意図の大半はかなり下世話と言うか「図書館の一隅に自分の本が並ぶ」という自己顕示欲求の実現でしょう。

自費出版を勧められて大損をする話をいっぱい聞いていたので、よくよく考えて出しました。書店店頭に置くというのが最大のNG。流通に乗せたら何百万円の話です。
編集・印刷の会社も良心的と思える会社を見つけました。ほとんどを自分で販売することにし、全国流通はアマゾンにしました。

74日間14カ国世界一周ひとり旅フェイスブック旅日記

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単行本(ソフトカバー)
2015/11/13 改訂版発行
サイズ:46判/233頁
出版社: 一粒社

Amazonで購入

結果は発行数ヵ月後には増刷を果たし、昨年秋には改訂新版を出すことが出きました。想定内の赤字です。次作も出せそうです。
義理で買ってくれた人、「先生の出した本だからきっと売れないだろう」と買ってくれたり売ってくれたりした教え子たちのおかげです。

出版し販売するというこれまでの人生で経験してないことを経験しました。退職後も新しい世界に次々出会って「引きこもっ」てはいられません。
今後出版したいなあと考えているのは今回の旅の以前に訪れた国々の紀行です。地方新聞などに連載したものなどをまとめたいのです。チェコ、アイルランド、スペイン、ベトナム、中国などになるでしょうか。

他にぜひ出したいのは山口県内の「鏝絵」の写真集です。これまでに撮りためた鏝絵の写真をまとめることは文化的価値があると思っています。
それと拙いですが私の現役時代の教育実践記録です。実は全国紙で一年間週一の連載の話があったのですが、連載時期に私は現役教師ではないことで没になったのです。これはほとんど自己満足の出版でしょう。

「よからいふ」を過ごすため、少しずつでも人生後半の設計図を作る

私のリタイア生活は多くの教え子の厚意で実は成り立っています。
「先生、ゴルフ行きましょう」
「先生、みんながお盆に集まるから顔出して」
「先生の本、お店に置かせてもらいましょう」などなど
電話やメールやフェイスブックで声がかかります。

還暦を祝う会や退職を祝う会は盛会でした。年中行事になった観のある野球部のOBたちやクラスの教え子たちとの新年会や忘年会、クラス会はもちろん、家の修理や車の修理などなど本当にさまざまな教え子たち(中には習ったことがないという子も含めて)に支えられてまさに「よからいふ」です。

他の人に感謝してばかりのここ数年です。心の底から「有難いことだ」「みんなのおかげだ」とお礼ばかり述べています。利害関係の生じない人と人とのつながりがどれだけリタイア生活を楽しく豊かにするものであるか、本当に感じてばかりです。

この「よからいふ」は、たいしたことはできなかったし、理想的な教師でもなかったけど自分なりにがんばったつもりの現役生活がもたらしてくれていると思います。
私のような仕事だけでなくすべての仕事において、人間関係は大事です。
仕事の上での人間関係はとかく退職後は疎遠なものになるといいます。たしかに私にもすっかり疎遠になった関係もありますが、現在までずっと続く関係教え子たちとだけではありません。オリンピック開催年に開催され続けている中学の同期会、大学時代の下宿仲間とも京都で会ったりしています。

私の趣味のひとつに年取って始めたゴルフがあります。
才能がないようで90前後をうろうろするばかりです。そんなレベルの私からしたらあこがれのゴルファーである梅本晃一さん(月イチのラウンドでも楽に70台で回る1942年生まれ)の本の中に次のような記述がありました。

「いつの時代にできた言葉かは知りませんが、定年になったりして、現役を退いた後の人生のことを『余生』といいます。国語辞典には『老後に残された生活』とあります。またこの言葉を『余りの人生』というふうに解釈している方も多いことでしょう。いずれにしても寂しい言葉であります。こういう感覚があれば人生の終焉に近づいているという暗い気持ちになってくるのも、無理もないことでありましょう。しかし60歳になっとき、『私にはもう一回の40年の人生がある。それをまた新しく始めるのだ』とか、『人生経験を積んだ今度の40年のほうが、もっと自由で有意義な人生だ』とかいうような発想が出てくれば、60以降の人生を、楽しみなものと感じられるようになります。張り合いも出てくることでしょう。『60歳やそこらでくたびれたり、老けたりしている場合か!』と。」

この梅本さんは、人生80年ではない、人生100年と考えれば20歳から60歳までの40年間と同じ新たな40年が待っているのだと、とにかく前向きです。
「人生経験を積んだ今度の40年の方が、もっと自由で有意義な人生だ」と。

退職の数年前にこういう先輩の言葉に触れて私は元気をもらいました。
ただでも以前よりはずっと削減された年金や、世の中の何か変だなあと思う動きのあれこれを考えると、気分は暗くなりがちでしたが、これからの40年?で何をするか妄想をめぐらすと気分はぐんと前向きになるのでした。

ただし、この梅本さんも先に紹介した本の森村誠一や堀田力さんも退職の少し前から準備や心構えをすることがとても大切だと説いています。
長続きする趣味を持つ、地域に長続きする仲間を作る、健康維持に努めるといったことです。
退職してからでも間に合うかもしれませんが、少しずつでも人生後半の設計図を作るほうがいいと思います。

私の設計図こんな感じです。

  • 妻と私の年金や退職金で何とか暮らす。身の丈にあった暮らしでよい。
  • リタイア後の夢の実現を生きる目標にする。
  • 引きこもらないで毎日社会と関わるようにして外へ出る。
  • 「死んだらゴミ。」身の回りの片づけを日々行う。老前整理を楽しみにする。

これからシニア世代へ向かう方、同じシニア世代の方、そして自分自身へ

まだまだお若い方へは、今の仕事や活動を歳とってからの人生に大きく影響するものだと思ってがんばってとエールを送らせてもらいます。この時期に培った経験や教養、人的ネットワークが次の40年を豊かにしてくれます。できることなら直接の仕事の利害関係とはかかわりのないネットワークをつくりたいものです。この間に作った人を見る目や社会を考える力が後年試されると思います。

定年少し前の方へ。「一身二生」という言葉があります。一生の間に別々の人生を二回経験するという意味です。福沢諭吉の言葉だそうですがいい言葉だと思いました。
残念ながらこの言葉に出会ったのが私は遅かったです。定年退職⇒劇的変身とはなりませんでした。
でもまだチャンスがあるかもしれません。一身二生のためには、定年後の人生を余生と考えていてはだめです。今から設計図をぼんやりでも考え、一歩でも行動に出られますように。

最後に自分自身へ。現役の教師時代、生徒によく言いました。「高い志、広い教養、深い考えが大事だぞ」と。シニア世代に入った今、このことを更に強く思います。
「随分偉そうに言うが、お前はどうなのよ」と自分自身にも問いかけています。平和な社会を次の世代へと継承していくことをとても大事な社会貢献と思って、できることからするようにしています。社会や人との関係が希薄になれば精神の老化です。それだけはご免です。

Anyone who keeps the ability to see beauty never grows old.
「美しいと感じる能力を持ち続けられる人は老いることがない。」~カフカ~


プロフィール

熊野 譲

山口市出身。大学卒業後、山口県下関市内の公立中学校4校で国語教師を36年間勤める。「退職後でないとできない、人生終わるまでにやりたいこと」のひとつ、「世界一周ひとり旅に出る」を2014年6月から実行。 74日間14ヶ国を訪れながらFacebookに投稿した日記の内容を纏め、自費出版で本を刊行。

改訂新版「74日間14カ国世界一周ひとり旅フェイスブック旅日記」
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